各界のロック好きを訪問し、お気に入りの曲について大いに語ってもらう記事企画「Rockの呪縛が解けないオトナたち」の第2回目です(あいかわらずすごいタイトルだ)。今回は、ITmediaのチーフキュレーター・松尾公也さんにご登場いただきました。
松尾さんはボーカリストでもあり、ニコニコ動画やYouTubeで素敵な美声をを公開しています。また、筆者とバンドでご一緒したこともあり、顔に似合わない(失礼)ハイトーンボイスに意外な驚きを覚えたものです。今回の3曲は、そんな美声の持ち主の松尾さんらしい、歌い上げ系のバラードばかりの選曲です。ちなみに、これらの曲は、カラオケの十八番だそうです。(末尾にApple MusicとSpotifyのプレイリストへのリンクあり)
1. 『Bridge Over Troubled Water』サイモン&ガーファンクル
2. 『All I Know』アート・ガーファンクル
3. 『Mandy』バリー・マニロウ
— バラードばかり3曲を選びましたが特別な理由でも?
松尾:
以前、ミクシィで「大仰に盛り上がるバラード」というコミュニティーを主宰しており、このようなポップス系のバラードの研究をしていました。
— 「大仰に盛り上がるバラード」というのは、大げさに歌い上げるバラードという意味ですか?
松尾:
概ねそのような意味なのですが、ポイントは、「無理矢理盛り上げる」という部分にあります。どういったバラードかというと、イントロは、ピアノなど楽器のソロで静かに始まり、段々とドラムス、ギター、ベース、ストリングスなどが多層的に重なりながら、音に厚みを増していきます。その段階で曲としては、かなり盛り上がっているのですが、それでは普通のバラードです。
その後、さらなる高みを目指しダメ押し的に転調でもしようものなら、してやったりです。そして、エンディングは、ハイトーンで息も切れんばかりに声を延ばしまくります。これが理想的な「大仰に盛り上がるバラード」の様式美なのです。言うなれば、聴いている方が恥ずかしくなるくらの盛り上がり方をするバラードというわけです。
— よっ、様式美ですか…。では、「してやったり」な気持ちでこの3曲を聴いてみましょう。あれ、どの曲も転調はしてませんね。
松尾:
転調は、バラード様式美の中のあまたある意匠のひとつに過ぎません。それがないとダメというわけではありません。しかし、この3曲には、転調による無理矢理盛り上げ(変換が面倒なので、以下「ムリモゲ」)に勝るとも劣らない、アナログ時代ならではの驚きの技法が用いられています。この技法がもたらすインパクトは、波動砲並の破壊力があります。
— はっ、波動砲ですかっ! イスカンダルに飛んでいってしまいそうですね。それはいったい何ですか?
松尾:
「エレベーター・スネア」です。
— えっ、エレベーター・スネア!? ドラムスのスネアに昇降装置がついており、リズムにあわせて上下して…、って、アース・ウィンド&ファイヤー並のこけおどしですね。
松尾:
違う、違う!断じて違う! エレベーター・スネアというのは、ドラムを録音する際の技法のことですっ!『Bridge Over Troubled Water』の3分46秒あたりから鳴るスネアの音を注意して聴いてください。とてもとてもディープなリバーブ(残響)がかかっています。このロングリバーブがかかったスネアのことをエレベーター・スネアと呼びます。
なぜ、エレベーター・スネアと呼ぶのかというと、このスネアを録音するために、エレベーターのシャフトを使ったからです。ビルのエレベーターシャフトの最下部でスネアの音を鳴らし、最上部に設置したマイクで音を拾うと、このように超ロングリバーブのかかったスネアの音になるのです。
今ではパソコンのDTMソフトで簡単に作れてしまうこのようなロングリバーブですが、デジタル技術のなかった当時は、ビル全体を使ってこのような大がかりな作業をしないとロングリバーブ効果が得られなかったのです。逆に言うと、そうまでして、この曲をムリモゲしたかったわけですね。
で、エレベータースネアによるムリモゲは、4分30秒で絶頂に達します。ここで叩かれるスネアの一発だけがやたらと大きいのです。それまで遠方で鳴っていた雷鳴が何の前触れもなくいきなり頭上で炸裂するかのごとき迫力です。トータルが4分53秒の曲の最後の最後で一気にほとばしるのです。
— おおお!3分46秒から始まった、エレベータースネアですが、最後の一発に向かってリニアな右肩上がりの直線を描いて上昇するのではなく、4分30秒で突然に近い感覚で一気にほとばしっちゃうんですね。うーん、これはもしかしたら性行為における男性の射精を示唆したものではないですか。44秒でのフィニッシュはえらく早漏ですが…
松尾:
………。これは、サイモン&ガーファンクルのレコーディングエンジニアだったRoy Halee氏が編み出したテクニックです。エレベーター・スネアは『The Boxer』にも使われています。「ライラライッ ツドーン」という部分ですね。
— 失礼しました。エロな持論を展開してしまいました。ということは、『All I Know』や『Mandy』にもエレベーター・スネアが入っているのですね。
松尾:
『All I Know』の方は、2分50秒あたりから入り、徐々に大きくなっています。ただ、この曲で特徴的なのは、単にフェードアウトして終わるのではなく、FOの後にイントロと似た優しいソロピアノがクロスフェードして入ってくるところです。エレベーター・スネアのロングリバーブで壮大な空間を演出した直後に、小部屋で弾き語っているかのようなピアノだけのエンディングでゆっくりと終わります。FOの直前まで仰角45゜で急上昇を続けていたムリモゲぶりが、この余韻的ピアノのコントラストのおかげで余計に強調されます。心憎いばかりの演出です。
— そういえば、『All I Know』の邦題は『友に捧げる賛歌』ですが、ここでの「友」というのは、ポール・サイモンのことなのでしょうか?
松尾:
それは違うと思います。歌詞の内容を読むと100%ラブソングなので、女性に向けたメッセージだと思います。この邦題は、グループの解散という形で別れたパートナーであるポール・サイモンとの関係を想起させて話題を作ろうとした日本のレコード会社のA&Rマンの戦略だと思います。
— バリー・マニロウの『Mandy』にもエレベーター・スネアが入っているのですか?
松尾:
2分26秒から、「エレベーター・スネア」が登場します。そして、最後の部分は”And I Need You”と、高らかに高音を延ばして終わります。様式美ここに極まれり、という感じですね。バリー・マニロウの曲は、『コパカバーナ』以外は、この手のムリモゲ系のバラードが多いです。いわゆるラスベガス系ですね。
— ラスベガス系というのは何ですか?
松尾:
ラスベガスのショーで歌われるために作られたような曲という意味です。バリー・マニロウの場合、ラスベガスのきらびやかなイメージがピタリと合います。素朴で飾らないイメージのサイモン&ガーファンクルの2人とは対極にあるキャラですね。
そう考えると、ラスベガス系とは正反対のサイモン&ガーファンクルやアート・ガーファンクルのバラードがムリモゲになっているのは、不思議な気もします。実際、アート・ガーファンクルは、『All I Know』のアレンジを好きではないと後のインタビューで語っています。大仰でないものにしたかったようです。
— ありがとうございました。私も今後バラードを聴くときは、大仰に盛り上がるかどうかに注意を払いながら聴くことにします。
「Rockの呪縛が解けないオトナたち Vol.02 〜 ITmediaの松尾公也さんの巻」をApple Musicで聴く