●「頼むから皆立たないでくれ」それだけを祈りました

開演15分前にオーチャードホール入り口に到着すると、そこにはたくさんのオジサンとオバサンがいました。もちろん私自身もオジサンなので、その群れの中に見事に溶け込んでいることは客観視しなくても十分すぎるほどに理解できます。

ただ、ちょっと雰囲気の異なるオジサンも20人に1人程度の頻度でいらっしゃいます。ロンゲでアメリカンなカジュアル系のお召しものを身にまとい、ジャクソン・ブラウンのライブにふさわしくもあり、誰が見ても気合いが入ってます。といっても、その佇まいに「借りてきた感」はないので、普段からそのようなスタイルを貫いていらっしゃる方々なのでしょう。どのようなご職業に従事されているのか気になります。

17列目の座席に腰を下ろします。いつも感じるのですが、オーチャードホールのイスの座面は好きです。超有名クラシック系コンサートホールであるにもかかわらず、座席のコストをケチるばかりに、30分も座っているとお尻が痛くなるところもある中で、ここのイスは合格点です。そんなイスですから、ここで願うのは「頼むから皆立たないでくれ」それだけです。いきなりのスタンディングだと、やはり疲れます。終盤までもたなくて息切れしてしまいます。2014年10月のボストンの武道館公演では、いきなりのスタンディングでクタクタに疲れてしまいました。

●ライブスタート

19時を3〜4分回ったところでジャクソン・ブラウン(Jackson Browne)の登場です。アコースティックギターを持っての1曲目は、『Looking East』1996年の2曲目「The Barricades of Heaven」です。驚いたことにオリジナルキー「E」に対し3半音下の「C#」までキーが下がっています。2008年のときは半音下げの「E♭」だったので、さらに下げての歌唱となります。さすがに加齢とともに段階的に下げていかないと高い音が出ないのでしょうか?それにしても3半音下げとは驚きです。また、日本ツアーも中盤に入り、かなりお疲れのようで、声が裏返る一幕もありました。以下、Spotifyリンクはすべてオリジナル音源です。

「The Barricades of Heaven」

「僕はここ(オーチャードホール)での演奏が大好き」「これまでで一番ベストなバンドなんだ」といってメンバー紹介です。そして、2曲目は『Jackson Browne』1972年から「Something Fine」です。これは、オリジナルキーF♯からFに半音下がっての歌唱です。2008年のときも半音下でした。この曲も3半音下がっていたら「ジャクソンだいじょぶか!」となるところでしたが、一安心です。

「Something Fine」

3曲目は「新しいCDから演奏するね」と言って『Standing In The Breach』2014年「The Long Way Around」です。スタジオ盤では左チャンネルに定位しているテープの逆回転を思わせる独特のディストーションギターをシンセで演奏していました。まあまあ似ていました。最近の曲なのでさすがにオリジナルキーでした。

「The Long Way Around」

「鉄道の橋があってそこに来ると列車が速度落とすので、おとこ達が隣駅や沿岸から沿岸(?)に職を求めに行くときに飛び乗って無賃乗車できる(以下不明)」「そんな彼らに捧げる曲です」的なナレが入ります。『Standing In The Breach』2014年から「Leaving Winslow 」です。グレッグ・リースのスティールギターとヴァル・マッカラムのテレキャスから紡ぎ出されるペキペキ音のギターソロがメチャかっこいいですわー

「Leaving Winslow 」

客席から「Call It Alone!」とリクエストの声がかかります。でも、ジャクソンは「知らないね」と軽くいなして、スルーします。オリジナル録音は、12弦のエレキで奏でる印象的なアルペジオのこの曲ですが、私も大好きな曲です。スルーしないで演奏して欲しかった!「ボビー(80年代当時もいっしょに演奏してたベース)はこの曲好きだよね」的なコメントで話題を締めます。
そしてさりげなく始まったのが『For Everyman』1973年から「These Days」です。グレッグ・リースのスティールギターが渋すぎます。オリジナルキーは「F」ですが、なんと!「C」まで下げての歌唱です。

「These Days」

客席から「Red Neck Friend」のリクエストが入ります。「みんなも聴きたいの?」とジャクソン。拍手でそれに答える客席。というわけで、『For Everyman』1973年から「Red Neck Friend」です。ここまでオーチャードホールのオーセンチックな雰囲気と相まって落ち着いた曲によるゆったりとした時間が流れていたのですが、ここでロケンロール大会に突入するとは驚きです。突然の変更にエレキギターに持ち替えます。オリジナルキーは「E」ですが、2半音下がって「D」でした。

「Red Neck Friend」

次は『Standing In The Breach』2014年から「Walls and Doors」です。客席からは、「Call It Alone!」の声がかかったように聞こえましたがジャクソンは、「Walls and Doors?」とわざと(?)とぼけて予定通りに演奏しようとします。音程が不安定で疲れている様子が見て取れます。ちょっと痛々しかったです。オーディエンスは、ナツメロを求めますが、アーティストは、最新作を演奏したいものです。

「Walls and Doors」

「みんな何回、(今回のツアーの)僕のショーを観に来ているの?違う曲をやらないとね」的なコメントとともに、さりげなく『I’m Alive』1993年の「I’m Alive」のイントロに入ります。僕的には、オリジナルアレンジのディストーションギターのテーマフレーズが好きなので、今回のヴァル・マッカラムのクリーントーンのフレーズはしっくりきません。

「I’m Alive」

「ウディー・ガスリーの曲やるよ」と言って『Standing In The Breach』2014年から「You Know the Night」です。作詞がウディー・ガスリーで、作曲がジャクソン(共作)の曲ですね。2ビートの軽快なテンポにスティールギターのロングトーンがとても心地よいですね。

「You Know the Night」

前半の最後の曲です。名作アルバム『Late For The Sky』1974年から「For A Dancer」です。歌の音程が不安定でここにもお疲れの様子が見て取れます。バックコーラスの女の子2人の歌声に助けられてます。オリジナルキーは「C」ですが、「B♭」へ2半音下げです。

「For A Dancer」

●休憩中トイレが長蛇の列

15分間の休憩が入ります。聴く方は休まなくても大丈夫だと思うのですが、誰が見てもわかるお疲れ度を見るとジャクソン的にブレークは必須だと思いました。ご苦労様です。ところで、後半戦を心おきなく堪能するためには、膀胱を空にして下半身に一切の迷いなくジャクソンの歌声を堪能したいものです。といいつつ、客席でダラダラしていたら、休憩時間も早半分を過ぎていました。あわててトイレに向かうとそこは長蛇の列。開演前に入ったときに確認した小便器の数は10脚。1人30秒として並んでいる人数と休憩の残り時間を考えると今から並んだのでは後半戦が始まってしまいます。あきらめました。幸い膀胱のマックスレベルに対しまだ余裕があることは自分自身の体なのでよくわかります。そこで、ロビーのCD売り場を覗くと、『Standing In The Breach』の購入で千社札をプレゼント!というポスターがあります。なぜ、千社札なのかよくわかりません。

後半戦の1曲目は『The Pritender』1976年から「Your Bright Baby Blues」です。僕のジャクソン・ブラウン初体験はThe Pritenderだけに、思い入れの強いアルバムです。なかでも「Your Bright Baby Blues」は名曲中の名曲だと思っているだけに期待が持てます。オリジナルでは、今は亡きローウェル・ジョージの歴史に残るようなスライドギターの名演があるだけに、今回、グレッグ・リースはどのようなギターソロを演奏してくれるのでしょうか。期待で胸がわくわくします。

というわけで、スティールギターでグレッグ・リースが奏でるソロは、これ以外にない!と思えるくらいの歌い上げる系で、フレーズの起承転結が見事で涙腺が緩むのを禁じずにはいられませんでした。米国を代表するギタリストだけのことはあります。オリジナルキーは「F♯」ですが、「D」に下がっていました。

「Your Bright Baby Blues」

「キーはなんだっけ?」とバンドに確認して『Jackson Browne』1972年から「Jamaica Say You Will」のイントロを弾き始めます。オリジナルキーは「E」ですが、「D」に下がっていました。確認するということは、体調や声の具合に合わせて毎回キーを買えているのでしょうか? YAMAHAのエレクトリックグランドピアノのキートランスポーズボタンを操作しているのだと思います。手元で操作している仕草が見て取れます。

「Jamaica Say You Will」

「カリフォルニアの海と君たちの海はつながっているよね。みんな生き方を変えないと、万物の源である海がだめになってしまう。海を守りたいなら変わらなきゃ」(大意)とコメントして、新アルバム『Standing In The Breach』2014年から「If I Could Be Anywhere」です。ジャクソンは、世界的に有名なプレゼンイベントのTED Talksで、この曲をアコギ1本で弾き語りしてます。高い音が出なくて苦しそうです。海洋保護運動の「Mission Blue」に共感して書いた曲です。

「If I Could Be Anywhere」

次は、なんと客席からのリクエストに応えて『Late for the Sky』1974年から「Late for the Sky」です。「じゃあやろう」といってピアノであの名曲のイントロを奏ではじめます。ハモンド・オルガンのコードバッキングがかぶさります。高速回転するLeslieのビブラートが心地よく、この世のモノとは思えない時間が流れます。間奏になるとバンドが入ってきます。ヴァル・マッカラムギターソロが気分を盛り上げます。オリジナルキーは「C」ですが「A♯」に下げての演奏です。

「Late for the Sky」

客席からリクエストを軽妙な冗談でいなして、新アルバム『Standing In The Breach』2014年から「Which Side?」です。

「Which Side?」

次も新アルバム『Standing In The Breach』2014年から「Standing In the Breach」です。ここで、アクシデント。YAMAHAのエレクトリックグランドピアノのキートランスポーズボタンの操作をミスってしまいます。違うキーでイントロを開始し、歌い出しの音を外してしまいます。「ごめんごめん。ボタンを押してなかった」といってキー操作をやり直します。

「Standing In the Breach」

ピアノの前から離れストラスシェープのギターを持ちます。双眼鏡で見ると、改造してあります。後ろのマイクがともて特徴的です。で、ジャクソンがじゃら〜んとコードを引くととても特徴的な音がします。ストラトの音ではありません。1996年のアルバム『Looking East』から「Looking East」です。グレッグ・リースとヴァル・マッカラムが間奏とアウトロでソロの応酬を行います。メチャかっこいい! オリジナルキーは「C」ですが「A」に下げています。

「Looking East」

次は、新アルバム『Standing In The Breach』2014年から「The Birds of St. Marks」です。「18歳のときに書いた曲で(中略)いつもバーズの曲を聴いていた(以下省略。ごめん聞き取れんかった)」というわけで、バーズのロジャー・マッギンへの尊敬の念を込めているのか、グレッグ・リースがリッケンバッカーの12弦ギターに持ち替えます。ただし、360/12ではありませんでした。

「The Birds of St. Marks」

次は『Late for the Sky』1974年から「The Late Show」です。ここでもまた、ピアノのキー変更を迷います。バックのミュージシャンにキーを確認します。オリジナルキーは「G」ですが「F」での演奏です。

「The Late Show」

ナレーションなしで、突然ピアノの低音キーをゴンゴンゴンゴンと弾き始めます。お馴染みの1972年『Jackson Browne』から「Doctor My Eyes」のイントロです。ヴァル・マッカラムのソローが歌ってます。アップテンポの曲で盛り上がってきました。

「Doctor My Eyes」

ここで、再度メンバー紹介です。いよいよ最後の曲であることがうかがい知れます。あの曲でしょう。『Running on Empty』1977年から「Running on Empty」です。オリジナル(ライブ盤)では、ジャクソンの足踏みカウントを合図にドッカーンと始まりますが、今回は、静かめなギターのコード弾きからクレッシェンドしていきます。ここで、前の方からスタンディング状態に入ります。前が見えなくなったので、僕も立ちます。ついでに大声で歌います。オリジナルキーは「A」ですが「G」に下がってます。下げてくれているので、丁度よいキーです。いっしょに唄えます。これがジャーニーとかだったら、高すぎて唄えません。ゲホゲホと咳き込んでしまいます。「Thank you TOKYO」といって本編は終了です。

「Running on Empty」

●アンコールは「Song of お約束」

再び登場したジャクソンは、軽く謝辞を述べアコギをジャラ〜ンと弾き鳴らします。キーは半音下がって「G♯」になってますが、お馴染みのあの響きです。1972年のアルバム『For Everyman』から「Take It Easy」ですね。こちらも半音下げで歌いやすくなっているので、大声で歌わさせていただきました。周囲のの人ごめん。ヴァル・マッカラムのスリーフィンガーの高速アルペジオが冴え渡ります。

「Take It Easy」

アルバム『For Everyman』の構成そのままに、ハイハットの16刻みから「Our Lady of the Well」へそのままなだれ込みます。この展開はライブでは初めてなのでとても嬉しかったです。曲の終盤は、メンバー全員が持ち回りで16小節づつソロをとります。印象的だったのは、ジェフリー・ヤングのハモンドオルガンソロです。Leslieの高速回転にコーラスをかけた音は曲の雰囲気もピッタリです。カリカリカリカリというLeslieの回転ノイズがとても心地よく響きます。ちょどよい感じてヤれたLeslieだとお見受けしました。

「Our Lady of the Well」

2度目のアンコールは、1989年の『World In Motion』から「I Am A Patriot」です。スティーブ・バン・ザントの曲ですね。ジャクソン・ブラウン以外に、リトル・スティーブンのバージョンが有名です。2008年の人見記念講堂でのライブもこの曲が締めでした。「僕は愛国者、この国を愛している。信じる政党は“自由”だけ」と歌い上げるこの曲だけに、80年代以降、政治や環境についてのメッセージを全面に押し出すジャクソンらしい締めくくりでした。

「I Am A Patriot」

今回のコンサートはとても満足して帰路につきました。逆に歌手としての限界も感じました。おそらくジャクソンは、遠くない未来に歌手を引退をすると思います。今回の彼の歌は、それほど不安に感じる面があったのも事実です。ただ、どんなにキーを下げようが、ピッチが不安定になろうが、そこに存在することに意義のあるアーティストが、ジャクソンです。

だって、昨年観たストーンズのキースは、ギター下手でした。でも、そんなの関係ありません。ギターを持ってステージに立っているだけで、高い料金を支払っても観に行く価値のある人です。ジャクソン・ブラウンもそんな存在になろうとしています。どんどん歌のキーを下げて、曲が沈んだ感じに聴こえてもいいではないですか。あなたがそこにいるだけで我々ファンは嬉しいのです。